本来の自分を取り戻す自然作業療法

【自然のなかで心身調律】

【自然体】地に足ついた生き方

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周りに合わせすぎて、ときどきしんどくなる。

 

無理している自分に疲れた。

 

もっと、自然体になれたらいいのに。

 

そう思うことはありませんか。

 

 

自然体とは、「気負いのない、自然な態度。」のようです。

 

どうすればなれるのでしょうか?

 

そんな人になりたくてもなれないのは、それは結果的にそうだから。結果(果を結ぶ)には、”根”からの過程が重要です。

 

無店舗の植物屋さんである”うえる”さんが、長年植物に関わった視点から書かれた"植物が教えてくれた「自然体」で生きる方法”

 

それを参考に、自然体について考えました。

 

 

大地にしっかりと根差し、その環境や状況、状態に適応することを選択し覚悟を決めたということです。何があっても、起こっても、その場所で一生を全うし、次へと繋ぐ!

植物は地に種をつけることから始まります。人も地に足をつける覚悟から始まるのでは。人は選択肢が多いことでかえって逃げ道をつくってしまいます。どこにも根をはれないということはスタートにも立てていないのかもしれません。

 

 頑なに硬いだけでは、台風のような強風、突風によって、いとも簡単に折れて倒れてしまいます。。。そうならないために、表面的な部分では硬く、内面的には柔らかく在ります。。。

 人も同じく、硬いだけだと強いストレスで折れてしまうし、柔らかいだけでは支えられません。硬さと柔らかさをもってこそ、しなやかに生きられるように思われます。

 

ヒトツだけを選択するのではなく、いくつかの選択をしてみる。。。

枝が示してくれているのは、そんな「可能性の為の分岐と選択をする」という「生き様」です。

 どうしても人は、好きなものに偏って選択してしまいがちです。偏りすぎて倒れないようにバランスをとっていくことが大切かもしれません。

 

「運ぶ」ということと「動く」という事。どちらだけでもいい訳ではなく、連動させることによって、循環が起こり、未来へと進み続けることが出来る。

 

エネルギーを蓄え、流すこと。この連携が、円滑に機能し成長することのようです。エネルギーばかりとって、蓄えすぎると身が重くなります。現代人は流すことのウェイトが少ないのかもしれません。

 

どう見せたいとか、どう見せようとか、、、

そんなヒトが考えるような打算的な計算や、邪な損得はありません。

そこに存在しているのは、よりよい状態に進化し、より効率よく変化し、繁殖するのかという、純粋なる想いと思いしかありません。

 

他からどう見られても、自身の目的が明確であれば、ぶれることも迷うこともないのかもしれません。そのいさぎよさが、結果的に美しくみえるのかもしれません。

 

「実」が成るというのは、そこまでその植物が成長したからです。あらゆる環境や状況、状態を乗り越えて来た「証」でも在ります。実が現れると書いて「現実」です。

 この現実をどううけとめるか。何が悪かったのかといった原因探しではなく、これまでの過程により実を結ぶということ。自然体になりたいのなら、それまでの過程を大切にしたいです。

 

土壌

植物の生育自体に大きく影響させるモノではないけれど、、、無いと有るのでは、植物の成長に格段の差が生じます。それが「微量要素」といわれる存在です。それら細かい様々な「要素」、、、それが「刺激」であったり、「抵抗」であったり、「負荷」や「負担」です。 

 

人も自然体に成長するには、豊かな環境が必要です。栄養だけではなく、負担さえもすべてを活かして生きる。それが本当の「生活」のようです。

 

自然の法則

相反するエネルギーが同時に存在しているというのも、自然の法則です。物理学では、「作用反作用」といわれています。それは、目に見える物質だけに起きているのではなく、目には見えないエネルギーにも起きています。この世は、「一対」でできている。

 

人はいろんな感情や考えが沸き起こりますが、"一対"が作用しているからのようです。

 

光がさせば影がでるように、物事はすべて一対で成り立ってます。東洋医学では陰陽といいます。

 

その場、その時、その瞬間を、どう生き、どう在りたいのか、それが自然体で生きるということのことです。

 

自然体とは

果実がなるには、その過程が重要です。

 

そこで一生いきるという覚悟。栄養だけでなく負荷もすべて生かして生き抜く覚悟。それなくして自然体な生き方は生じないと感じました。

 

植物は土壌を選べないけど、人は選べます。選べるがゆえに、覚悟が必要です。根無し草では一生定まりません。

 

多少苦しいことがあっても成長の糧と捉えられれば、そこは根を下ろしていい場所かもしれません。

 

でも、苦しすぎて成長できない場所ならば、その場から離れることができるのも動物のもつ能力です。

 

 

人生を振り返ると、いまようやく根無し草が流れ着いたきがします。

 

それまでは、あまり深く人とかかわれず生きてしまったように思います。

 

幸せに生きていくことを決めたなら、そこに根を張る覚悟が大事だと気づけました。

 

地に足をつけるという意識で、周りの人たちと、より親近感がもてるようになりました。

 

生きていれば、どこにでも苦手な人はいるでしょうが、それもあっての成長と気づけたら楽になるものです。

 

自然体とは、表面的な「無理しない生き方」ではなく、地に足がついた生き方であり、いさぎよさなのかもしれません。

 

 

植物が教えてくれた『自然体』で生きる方法

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